| トップページ | セカンドライフ講座一覧 |
桐生 悠一
歴史上初めて、人間のほうが組織より長命になった。そこでまったく新しい問題が生れた。
第二の人生をどうするかである。もはや、30歳で就職した組織が60歳になっても存続しているとは言い切れない。
その上、ほとんどの人間にとって、同じ種類の仕事を続けるには、40年、50年は長すぎる。飽きてくる。面白くなくなる。
惰性になる。耐えられなくなる。周囲の者も迷惑する。・・・しかし、第二の人生をもつには、一つだけ条件がある。
本格的に踏み切るはるか前から、助走していなければならない。(P.F.ドラツカー/明日を支配するもの/ダイヤモンド社刊)
社会的活動の第一線から退いて、これまでより遥かに多くなる自由時間を使ってやりたいことをやる、
これがセカンドライフの真髄であろう。証券事業で大成功して得た資金を投じて、引退後に少年時代からの夢であった
トロイの遺跡の発掘に成功して歴史に名を残したシユリーマン、或いは50歳で家督を譲って江戸に出て本格的に勉強し、
55歳から17年間かけて日本全国を踏破して正確な日本国地図を作成した井伊忠敬はセカンドライフの達人といえよう。
それほどでなくても、お互い与えられた一度きりの人生、できるだけ自分で納得できる形で使いたいものである。
セカンドライフとはどのようなものか、判り易い時間と金の面で分析してみよう。
神は我々に1年間365日は8,760時間を分け隔てなく与えてくださる。
その中身が現役時代とセカンドライフではどう違うのか、モデルケースで吟味してみよう。
時間を大きく3分類しよう。基礎時間・自由時間・就業時間である。
基礎時間は睡眠・食事・休憩・家族との団欒・健康管理・排泄・美容・理容・入浴等を指し、
1日10時間として年間3,650時間(42%)程度である。
現役中の就業時間は通勤時間、職場関係の交際時間等を入れて1日11時間、
1ヶ月22日として年間2,904時間(33%)程度であろうか。現役中は残る2,206時間(25%)が自由時間となる。
セカンドライフでは就業時間が加わって自由時間が5,110時間(58%)になる。
現役時代に比べて、自由時間が約2.3倍になっている。図1はその様相をイメージ化したものである。
図1 ライフサイクルにおける時間配分
セカンドライフで自由時間の配分を決めるのは貴方自身だ。
自分の自由になる資金の範囲内で貴方は自分の時間を自由に消費できる。
平均15年間の体力・気力共に満ち溢れたゴールデンタイムが与えられる。
ここを漫然と過ごしてしまっては非常に勿体無い。計画を立て、有益なセカンドライフを送ろうではないか。
仮に15年として、この年月は絶対時間で約76,000時間と相当に長いが、体感時間では意外と短い。
「年寄りにとっては、時間はより早く過ぎ去ってゆくものなのだ。
50歳の父親が、15歳の息子に『おまえが自分の車をもつのは2年先だよ』という時、
その間の730日は父親にしてみれば、自分のそれまでの人生のたった4%に過ぎないということになる。
しかし、それは息子にとってみれば、その13%にあたるのだ。息子にとっては、
その待たされる期間が、父親よりも3倍も4倍も長く感じられるのは別に不思議ではない(A.トフラー)」。
この講座がいささかでもこの貴重なセカンドライフのガイダンスになれば幸いである。
なお、図1ではセカンドライフの入口を退職とし、出口を引退とした。
個人差は大きいが、男であれば73歳から78歳位で体力がガクッと落込む時期が来る。
基礎時間が占める比率が急激に増加し、自由時間が減少する時期である。
人生の効率が極端に低下する時期が誰にも必ず訪れる。ここがセカンドライフから引退する時で、
ここから死までをサードライフと定義して、この講座の中でも触れたい。
図2はライフサイクルにおける支出と収入の関係をイメージ化したものである。
モデルはサラリーマン、子供が50代前半で自立し、60歳で定年、70歳までスペシヤリスト或いはボランテイアとして活動、
その後徐々にペースを落とし、75歳で身を引き、78歳から老人ホームに入居している。
中産階級でありそうなパターンである。
可処分所得が最も多いのは退職前であるが、この時期は老後資金の貯蓄や投資に優先的に廻している。
定年を過ぎればそろそろストックに手をつけてもよいので、セカンドライフのこの時期が一番自由裁量による
可処分所得が多くなる時期でもある。ライフサイクルにおける自由時間(可処分時間)も可処分所得も最も多くなる時期、
それがセカンドライフなのである。
図2 ライフサイクルにおけるキヤシシユフロー
セカンドライフの経済においては年金の存在が大きい。
近代的年金制度は100年以上前にプロシヤ帝国の鉄血宰相ビスマルクが作り上げたものである。
現在70歳前後の人たちは平均して約1,700万円納付し、約6,600万円の給付を受け取る。
現在55歳前後の団塊の世代までは自分の納付額を遥かに上回る年金を享受することができる。
現在30代の人々はこの制度を維持するためには自分たちが納付したよりずっと少ない受給額で我慢しなければならない。
社会保険庁が発表した2001年度の20代前半の人たちの国民年金保険料の未納率が46%と危機的状態にあり、
若年層がこの制度を全く信頼していないことが明らかになった。
ビスマルク当時の人々が年金受給資格を得る60歳まで生きる生存確率は現在の日本人の95歳生存確率と同じであった
といわれる。この問題は少子化というよりも予想を越えた急速な高齢化により危機に瀕している。
今、厚生年金と厚生年金基金、適格年金等で月額40万円の受給を受けて取っている人がいるとしよう。
彼が90歳まで生きたとして、累計年金受給額は1億5千万円になる。
これは特異なケースではない。この制度が持続可能であるとは到底考えられない。
当然、どこかの時点で崩壊せざるを得ない。セカンドライフの生活基盤は決して安泰ではない。
生活基盤を支える基礎活動とはマネープラン、住居、年金、税金、医療・健康維持、雇用と保険、などをいう。
表1「基礎活動の構成要素」に各要素に関連して、どのようなテーマが有り得るかの試案を列記してみた。
要素とテーマは今後多くの方たちのご意見をいただいて、開講までにより充実を図り、優先順位をつけてゆきたい。
ここに挙げたテーマ群から取捨選択して当講座のテーマを編成したい。
ゴシツクの部分は現時点でWGメンバーの人脈により講師の候補者が挙げられているものである。
「人間とは仕事を作り出し、仕事を追いかけて行く生き物である」といわれるが、
セカンドライフで与えられた潤沢な時間を何らかの仕事で埋め尽くすのが人間の業であろう。
ここにいう自由活動は恐らく人間が行なう活動の全体に及ぶであろうから、それを分類し言及するのは至難の業である。
乱暴ではあるが一つの見方として表2「社会性・収入軸で見た自由活動の分類」を提示する。
人は先ずその置かれた環境や人生観に基き大分類を選び、次いで具体的テーマを選んでいると考えられる。
どのような人が如何にしてその自由活動を選び取ったか、その実態はどのようなものか、
を事例研究的に知ることはこれからセカンドライフに入る人たちにとって有力な指針となるであろう。
大分類別に概要を述べてみよう。
セカンドライフにおいてスペシヤリストを選ぶケースである。資格で仕事をする人たちであり、
基本的に知的労働者である。資格を取得し、名刺に刷り込むことは、その人が仕事を求めているとのメッセージとして
極めて有効である。仕事をすれば報酬が得られ、只働きになることがない。
弁護士、公認会計士等は取得が難しいので、定年後に始めるケースは少ない。
法務部門の人が司法書士や社会保険労務士、経理部門の人が税理士やファイナンシヤルプランナー、
管理者が中小企業診断士、技術者が弁理士等の資格を取得するケースが多い。
この場合は現役時代の専門性がそっくり生かせて、専門書や資料も引き続き活用できる利点がある。
一方で技術者が社会保険労務士になるように、セカンドライフでは気分一新で別世界に飛び込む人も決して少なくない。
資格をとれば明日から仕事が入ってくる訳ではない。
そのためのネットワーク形成、報酬の基準等について本講座の中で説明したい。
外務省の幾つものスキヤンダルに伴って我々は海外で人権擁護や地雷撤去や多くの人道的支援活動に挺身する
NGOの存在を知った。意気に感ずる人はセカンドライフで海外に飛躍できる場が整っている。
現在、各自治体がNPO(特定非営利活動法人)の設立を促している。法人化することにより
公共団体からの仕事の受注が可能となり、活動の場が個人でやる場合よりも格段に大きく広がる。
NGOもNPOもボランテイアであるが、多くの場合、労力提供に対して交通費やささやかな報酬が与えられる。
これらは生活基盤は安定したセカンドライフの人々にとって、社会性ある活動に従事しつつ、
働きを報酬で評価して貰えるという励みになり、精神衛生上も好ましい生き方であると思われる。
米国がボランテイア社会であるとかねてお聞き及びであろうが、日本でも現在のNPOの輩出がボランテ
ィア社会化の兆しのように感じられる。なお、この講座自体、シニアSOHO小金井なるNPOの受託事業である。
NPOの活動の範囲と実態について、この講座で取り扱う予定である。
ボランテイア活動にはこれ以外にも幾つもの形がある。これらの中には意外性のあるものも少なくない。
できればそのようなテーマも発掘してご披露したいと思っている。
これは本人が好きで本人の満足のために行なう社会性が少ない活動を指している。
表2にその一端を示したが、とてもここに収まり切れる対象ではない。
これらの中には実に愉快な興味深い活動がごろごろしている。
それらの中から幾つか選んでテーマとして取上げたい。
また、野外バーベキユーのような手ごろなテーマも実習として行ないたい。
ここでいう自由活動の巾は広く、体育会系のものから哲学系のものまで含まれている。
私は「教養」にも注目したい。次のエピソードはトフラー氏が主宰する未来学セミナーでのものである。
「ある冬の晩、著者が指導していた未来に関する社会学セミナーの教室で、一人の白髪の老人が立ち上がって、
何故このクラスに出席したかを皆に説明したことがあった。・・・
「私の名は、チャールズ・スタインである。私は、生涯、裁縫師をやってきた。
私は77歳だが、若いときに得られなかったものを得たいと思う。私は未来について知りたいのだ。
私は教養ある人間として死にたいのだ』と。この飾り気のない言葉のあとに起った突然の沈黙は、
今でも、その教室にいた人々の耳にこびりついているだろう。この老人の貴重な言葉の前には、学歴、大会社の肩書き、
高い地位といえどもまったく無意味にみえた。」(A.トフラー/未来の衝撃/実業之日本社刊)
自宅のご近所に金融機関に勤めて来られ、第二のお勤めも70歳までやって定年になられた方がいる。
1年間ほどすることがなくて家に引き篭もっておられたが、憂鬱そうな表情をしておられた。
この方は新聞広告を見て、思い切って駅の駐輪場の管理人に応募していかれた。
なんと見る見る快活な表情になられて、今は元気に勤務の毎日である。
人の手配まで任され、現場の責任者をやっておられる。
就業もセカンドライフの重要な選択肢の一つなのである。勤労は人生に充実感を与えてくれる貴重な機会である。
就業もセカンドライフの重要な選択肢の一つなのである。勤労は人生に充実感を与えてくれる貴重な機会である。
本職の学者やアマチュア研究者の場合、セカンドライフでもそのまま研究を続けるのも立派な選択肢である。 私は次の意見が好きである。「高齢でできる研究とは何か。 開かれた学会、開かれた社会と自己の環境整備が不可欠である。 やるなら解決が難しくて残された問題、リスクが大きくて奇想天外な研究が最も適切な対象となる。 また、多様化する志向の中で、対象としない項目を明確に選別することによって考える時間、読む時間、 相手の話を聞く時間、感性を養う時間を創出する必要がある。」(宮地 巖/巻頭言/電気学会誌1997年3月号)
最近、「セカンドライフ」をテーマとする図書が幾つか刊行されている。その一つで評判が良かった三笠書房刊
「定年後設計腹づもり」の第3章:定年後の自己実現法/「やりたいことができる人」の決心のタイミング(事例研究)
には97頁を割いて17人の達人たちのその途を選んだ動機と実態を描いた事例研究である。
行き当たりばったりの取材で、とても体系的にアプローチしたとはいえないが、それでも随所にハッとする
メッセージが散り嵌められている。
57歳で自動車免許を取得したサラリーマン、夫婦で全国一周のドライヴ三昧
50歳で簿記1級を取得した高校教師、簿記の著書出版、社会教育センターで簿記の専任教師に
都バス運転手、山林を開拓して農業に没頭
外資系勤め人、55歳から職業安定所職員、マンシヨン管理人を経て特殊法人の社史編集者へ
高校英語教師、蕎麦屋を開業して5年
OA機器営業マン、出版会社のフォトライブラリー部門に再就職、NPOでも活躍
中小企業社長、65歳で引退し、小笠原島に移住し釣り三昧
64歳の実業家、牧師に転向、伝道に生きる価値を見出す
2度の倒産を生き抜いたモーレツ商社マン、手に職をつけ57歳で整体院を開業
マスコミ役員、61歳にして真宗大谷派の僧侶に。「定年和尚」を出版
化学会社社員、56歳から中国で日本語教師としてのボランテイア活動へ
家電メーカー社員、社員教育のインストラクターへ転身。伊・仏料理と渓流釣りにも情熱
鉄鋼メーカー社員、地域活動に熱中。駐車場管理人、市営プール監視員もこなす
元特攻隊員、公務員生活の後、63歳でロングステイクラブ代表として活躍
広告クリエータ、48歳で陶芸教室の先生に
職業婦人、61歳で本格的に韓国語の勉強
70歳になった人たちは現実にはどのような自由時間の使い方をしているか、
私の高校の同窓会の近況アンケート(91人分)から探ってみよう。
表2の分類に従うと次のようになる。
スペシヤリスト 5%
ボランティア 8%
自由活動 69%
実業・勤務 17%
研究・著作 0%
なお、この年齢では17%の人が病気に苦しめられており、分類上自由活動に入れている。
また、海外で生活している人が2%いた。
以 上
「悠悠自適」という言葉のなかに逃避してはいけない
昭和天皇と同じ生れ年だという近所のご老人が亡くなった。享年96歳。
前日まで意識がしっかりしていたというからお目出度い様な話で、・・・
20年も前の話だ。ある雪の朝だった。通りすがりにご老人の姿を庭に見かけたので、
見るともなく見ていると、なんと、庭木の葉に積った雪を1枚、1枚、手にした筆の穂先で丁寧に払い落としているのである。
私は瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。咄嗟に、これは風流とは違うなと直感したからだ。
こんな侘しい風景がまたとあるだろうか。
小さな庭、何本もない庭木、枝を揺すってしまえばあっという間に終わってしまうのだ。だから、
1枚、1枚、雪を払って何日もの楽しみにした。・・・
このご老人は、一流商社を定年で退職したが、あとは生涯家庭の人だった。
40年間も。・・・教養もあり、語学も達者だった。年取ってからも毛筆を習い、ワープロも覚えた。
けれどなぜか外部との接触を絶った。・・・
同世代の大半が現役を退くようになって、私はいまや悠悠自適の正体を余すところなく見てしまっている。
それは突き放した言い方をすれば、単なる粗大ゴミに過ぎないのだ。その人たちは近況を問われると、
「いやー、今は悠悠自適の身です」と答えるに決まっているが、その答えは強がりでなければ諦めであり、
実はちょっとばかり響きの良いその言葉の中に逃避しているに過ぎないということは、その人の目を見、服装を見、
態度を見ればすぐ察しがついたのである。・・・
どんな小さなことでもいいから、「自分」を「表現」するという行為を続けて、世間と繋がる糸を切らないことが大事だ。
体力、気力が続く限り、頭が働く限りだ。世間から身を隠すのが一番いけない。
・・・ただ自分が生きていることを確かめるためにやればよいのである。・・・人と人との間の表現に価値や楽しみを見る
「表現社会」では、世間との間のある種の緊張関係が生き甲斐の前提になるのだ。・・・ 藤岡和賀夫(Voice 1997年10月号)